女性の「オトコ運」は父親で決まる

共依存という言葉は使われていないものの、共依存というものを理解するのにとても役立つ事例がたくさん説明されている。またとくに、不倫と父親探し願望との関係に関する考察は、とても納得できる。


●不倫と父親探しの関係

父親から十分に愛されなかった女性の場合は、恋人探しの浦に、父性愛探しという構図が出てくることがあります。ところが困ったことに父親とは、ふつうは妻のいる男性のことですから、父親探しをすると不倫になってしまいます。
娘というもの、幼稚園の頃(3才~5才)にお父さんに恋をします。お母さんよりも自分の方を愛してもらいたくなる時期があるのです。さらに面白いことに、娘は、「お母さんを愛するお父さん」から愛されないとダメなのです。これが絶対的な前提条件です。そして「無意識だけど意図的」にお父さんの愛をチェックするのです。無意識でありながらそのチェックの方法は天才的です。
・理不尽なわがままを突きつけて、表情や態度からお父さんの真実を見抜く
・お母さんに頼まれた用事よりも自分の要求を優先してくれるか
・理不尽なことや意地悪をしてどんな気持ちで自分を叱るのか
・注意ひとつしない無関心か溺愛は不合格。邪険にするのも不合格。
・危険なことをしたときに本気で怒ってくれるかどうか
・悪いことをしているのに見て見ぬフリをするようなお父さんは不合格
こんな風にして、娘は実に巧妙な方法でお父さんの愛や強さを確かめるのです。数ヶ月から数年試し続けて、お父さんの愛に満足すると、つまり、お父さんは充分に自分を愛しているということが納得できると、娘と父の恋物語は終了です。終了した時、娘は安心と満足と、そして「自分は男性から愛されるに値する女性だ」という限りない自信と確信を得るのです。
この確信は、人間信頼でもあります。この信頼の気持ちがあれば将来正常な恋ができます。
反対に、母親よりも父親に大事にされたい願望が残っていると、恋人や妻がいる男性が魅力的にうつり、将来の不倫願望となってしまう。
そしてこの不倫は、妻がいるからこそ自分の不倫に意義があるので、男性が妻と別れてしまったら、妻よりも自分を大切にしてもらうというチャンスも意義も消滅してしまうという矛盾に陥ってしまう。
結局不倫とは「父親探し」の行為なのです。「父との恋物語」という思い残しをはらす行為、と言い換えてもいいものです。

父親として自分の娘にどう接するべきかが、娘の将来に大きな影響を与えていることを感じ、身が引き締まる思いがした。溺愛は愛情不足をうむのだ。
そして現代に不倫関係が増えているのは、数十年前の時期、父親コンプレックスや母親コンプレックスのという愛情不足をかかえた子供たちが大量発生した何らかの原因があるのだろうという推測も成りたつ。
●セックス感

女性は、セックスによってどのくらい自分の心が満たされるか、そしてどのくらい彼と心の絆が作れたか、ということに興味関心があるのです。
男性の恋愛やセックスに対する願望は、女性に自分を受けいれてもらうということが、最大の願望です。
男性はセックスという形さえあれば、女性に受けいれてもらっていると思い込んでしまう動物です。だから、たとえ女性の側が恋人のことを激しく嫌悪していても、セックスを許している限り、男性は受け入れてもらったと勘違いしては満足しているのです。

つながっている感じ を大切にする女性の気持ちを理解しなければいけない。そして女性は「つながっていたい」という欲求を、男性は「受けいれてほしい」という欲求が満たされを超越すると、次の段階に進化てきるのだと、確信した。
●ゆがんだ関係

互いに、異性の親から愛されなかった巨大なコンプレックスを持った者同士は、一緒にいるとコンプレックスを意識せずにすむのです。まるで恋をしたためにコンプレックスが消えてしまったように感じるのです。一緒にいるだけでほっとするのです。ただしこの安堵は幻です。コンプレックスを持った者同士が作る閉鎖的人間関係の中でしか通用しない安堵です。
契約的人間関係 = セックスを男性に提供しなければ誰も自分を愛してはくれないんだ と考えて行動してしまう
さみしい時にできた恋人や友人というものは、まず例外なく相手もさみしい人です。
さみしい人ほど、自分自身の心の声を聞いていません。自分の声を聞いていないために、ズレてしまうのです。孤独でいることの意義は、一人で人生を楽しむことにあります。一人で得た悦びを分かち合えるひとこそ、心の友になれる人だからです。
世の中には、「そのまんまでいいんだよ」式の本が出回っていますが、そのままで悪かったからこそ今の悲しい自分になったのですから、そのままでいいわけはありません。自分を肯定的に見ることは重要ですが、しかし、自分の不自然な行為まで肯定してしまったら、いつまでたっても悲しい状態のままです。

このあたりのゆがんだ感情を利用して意図的に操作しようとする産業や男性がいるので、注意しなけれはばならない。自分の性欲を満たすために、女性をあえてそのようなゆがんだ状態に追い込んでいる人たちがね確かに存在する。
●自己受容感の大切さ

自分のいいところが見えた人は、おのずと人のいいところを見たくなるものなのです。こんな自分にも輝ける個性があったのだから、あなたもきっとすばらしいものを持っているはず、という気持ちになるものなのです。自分の長所を知る者は、自動的に人の長所を知りたくなるものなのです。それが愛です。
自分をあるがままに受容することができない人は、人を受容することもできません。人を受容することができないと、人と一体化することもできません。和合することも、共感することもできません。励まし合いができないからです。こんな状態では、人を愛することはできません。なぜなら、愛することは、受容であり、共感することだからです。つまり、自己嫌悪している人は、人を愛することができないのです。特に女性の場合は、魅力半減どころか、魅力は1000分の1まで低下します。女性の一番の特性である共感や一体化ができなくなるからです。
愛を取り入れることのできない女性に共通する5つの特徴
1. 自己嫌悪や自己卑下
好きだよかわいいよと言われても「そんなわけない」と、自分が感じたうれしさを否定してしまう。信じたいけど疑いたいという葛藤。
2. 自分で自分がかわいいと思えない
父親からかわいいといってもらえなかったために素直に喜べない。
3. 自分は愛されるに値しない女だと思い込んでいる
プレゼントでもされるとすぐにお返しをしたくなる。悦びを分かち合えない。
4. 自分の女性性を否定している
死んでもミニスカートをはかないなどの極端な女性であること・女性にみられることに対する嫌悪。父親に性を越えた愛情をもらえなかった。オスのような目で見られたことが原因の可能性あり
5. 男性蔑視

最近、セルフイメージの低い女性が増えている。世の中の父親たちがかわらなければ、いけないなと思う。
●その他

「味」全体のうちその料理そのものの占める割合は、三割程度。逆に言えば、約七割は、料理以外の味を味わっていることになる。
・誰と食べたか(好きな人と食べたか、いやなヤツと食べたか)
・どんな気持ちで食べたか(イライラしながら食べたか、落ち着いた気分で食べたか)
・レストランのサービスはどうか
  ウェイトレスの態度はどうか
  きれいに掃除されているか
  音楽はどうか
・インテリアはどうか(趣味のいいカーテンを使っているか、照明はどうか)
・周りの客層はどうか(マナーの悪い客はいないか)
・立地条件はどうか(ゴミゴミしたところか、郊外の風光明媚なところか)

世界観とは心の窓。どのような気持ちで世界眺めるか、という心の窓。

など。

タイトルとURLをコピーしました