「心の基地」はおかあさん

やる気をと思いやりを育てる親子実例集

●この本を手にしたきっかけ
この本、私が小学生の頃、母が読んでいた記憶がある。書名が独特だったので、子供心に強く印象に残り、はっきりと覚えていたのだ。
先日、他界した祖母の家の整理をしていたら、この本が出てきた。ちょうど、一才5ヶ月の子を持つ父親として、わが子とどう接したらよいか悩んでいたので、すぐに手をとって読んでみた。


●大きな気付き
母がどんな気持ちで私を育ててくれたのか、少しだけわかった気がする。
そしてまた、私の人格の根本にあるところのものも、少しわかった気がする。
母に「ありがとう」と言いたくなった。
●その他の気付き
育児を考えるということ、児童心理学を学ぶことは、結局のところ人の精神の根本的なところ、潜在意識とどう接するかについて考えること。ということは、大人の心理についても自動的にわかってしまうということになる。個性の引き出し方、欠点の克服の仕方、壁の越え方・・・そういったことが、色々な心理学を学ぶよりも、成功哲学を学ぶよりも、もっと早く、詳しく、わかってしまう。
●気になったところのメモ

・英語やドイツ語には「気がね」に相当する言葉がない。・・・気がねをする必要がないから。
・乳児期の一人遊びを、抱き上げるなどしてむやみに中断させない。自発性の発達を阻害する。
・適切に泣いて自己主張する=情緒が安定しているから、むやみに泣かず、自分の要求をはっきり示して泣く。
・好奇心の強い子どもは、非常に積極的。注意力・集中力もよい。積極性のある大人や子どものスタートは「いたずら時代」にある。児童心理学では「探索欲求にもとづく行動(探索行動)」として、「いたずら」の重要性を指摘している。いたずらを歓迎せよ。叱ってはいけない。
・第一反抗期、子どもが反抗したら「そう、自分でやりたいのる」などと子どもに任せる心の余裕が必要。
・「ほらごんなさい」「お母さんの言うことをちゃんと聞くんですよ」などの非難は劣等感を与え、自信のない子をつくる。
・テレビは、自発性の乏しい人には、それが子どもであっても大人であっても有害
・自由と放任は異なる。自由を与えるということは、その責任を親がとるということで、重大な責任感がともなう。
・いじめられた、と言って泣いて帰ってきても、その悲しさを受け入れつつも、決して子どもの味方になって相手の子どもを責めるようなことはしてはならない。=過保護
・人見知りをしない赤ん坊は、かえって危険。母子関係が希薄である可能性がある
・アメリカでは、早くから子ども部屋に一人寝をさせるから自立心が強い子どもができるという話があるが、アメリカの母子には日本にはほとんどない抱擁とキスという習慣がありスキンシップが実現されている部分がある。ただし、夫婦優先であるために、親子関係は薄く、思春期になると親子より異性との関係を求めるようになり、「13才で妊娠」などという問題が多いという側面もある。
・非行に走るような子どもは、色々な理由で三歳未満に心の基地ができていない。
・命令的な圧力によるしつけもいけないが、人の目を気にするようにしつけるしつけ方もよくない。いつも他人の目を気にする自信のない子をつくる。
・強い言葉は使わなくても、じわじわと理屈で子どもを責めて自分の思い通りの鋳型に押し込むしつけも、自発性を阻害する。
・勉強にも遊びにも気力のない子どもは、自発性が著しくおくれている子ども。そのような子どもはからだを動かさずテレビばかりみている。
・不潔に対して厳しく注意すれば、不潔に対して恐怖心をもつ神経質な子になる。親の完全主義は子どもに「こだわり」となって伝わる。子どもは不潔の体験を重ねながら清潔の意味を理解していくのだから急がなくていい。
・自分の家に友達を呼ぶが友達の家には遊びにいかないのは、自発性の育っていない傾向。わがままのきく自分の家から出られない可能性がある。

過保護とは何か、どうバランスをとるべきか、自分の考えは間違っていないのか などについて、はっきりとわかり、また自信を持つことができた。

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