愛に生きる

才能は生まれつきではない
長く読みつがれる感動の名著
子どもの能力をどう伸ばすか

ソニーの井深さんやドーマン研究所のドーマンさんなど、多くの人が賞賛しているこの鈴木メソードとはいったいどういうものなのか。とても興味をそそられて、手にとってみた。
ダンスの好きな娘は、ヤマハ音楽教室に入っているのだけれど、来年もこのまま続けるか、他にうつるかの再検討を含めて。


何回か、感動して泣いてしまった。
…の一行で終わらせてはいけないので、メモを以下に。
驚いたことに、この鈴木氏が、あのアインシュタインと直接交流があって、その影響を少なからずうけていたということ。科学者でもないのに、生アインシュタインと親交のあり知っている日本人というのもとても貴重な存在だろうと思う。

「アインシュタインの数式の比類ない美しさ」
先生は自分でこういっていられます。「わたしはこの問題(運動体の光学)を直感で気づいた。この直感の原動力は音楽だ。わたしは六歳のときから、親にヴァイオリンを習わせてもらった。わたしの新しい発見は、この音楽の世界の勘のおかげである。」

●教育の要諦

ひとの子にも生来の音痴というものはないのです。音痴どころか、すべての赤ちゃんはすばらしく耳がいい。ですから、音痴の親のうたう子守歌の音程をすこしの狂いもなく身につけるのです。それは、大阪の子どもがみんな、大阪弁の、あのデリケートなメロディーをそろって身につけるのとまったく同じです。
ものになるかという考えには、うちの子は使いものになるか、悪くいえば、くいものになるかといういやらしさがひそんでいるとも考えられます。すこしでもりっぱに、より美しい心のひとに、そして幸福な道へ --- 子どもを育てる親としての心配はそれだけでじゅうぶんでしょう。
すべての子どもが日本語を覚えるのに、すききらいの問題とはまったく無関係
みんな、教えることだけに夢中になって、育つという子どもの生命の実体を忘れている。そして、どうしたら能力が身についていくかということについて深く追求しなかった。つまり、教育の教ばかりを行って、目的であるところの育のほうを忘れてしまった、ということです。
子どもの短所を”生まれつき”として放置せず、これを訓練して逆に長所とすることも、十年計画ならばできる。十年、そのことをめざして怠らないならば、だれでもその能力を開発できる。わたしはそう信じます。いや、一年でも、それをめざしてやり続けることができるならば、短所は変じて長所となるでしょう。十年続ければ非凡となる。
反省を生かす – つまり、自己矯正はどうしたらよいか。わたしは、矯正ということについて、音楽をとおしてつぎのように考えています。… この”すでに育った”という過去はどうしようもない、つまり矯正できないということに気がつきました。すでに、すこし音程の高いファの音を身につけたひとの、そのファはなおせない。ではなにができるか。それは、新しく、正しいファという音を身につけさせることでした。そこで、その謝ったファの音を、いままで五千回聞いて音痴になったその子に、正しいファの音を、六千回、七千回と聞かせるようにしたのです。
「あなたもヴァイオリンがやりたいの?」
「うん。」
「よくおけいこする?」
「うん。」
「それでは、こんど先生にお願いしてあげましょう。」
そうして、すこしひけるようになってから、ほかの子たちといっしょに合奏させます。その最初の経験がどんなに幼い生命の喜びであることか。”自分もひけた。いよいよ、みんなといっしょに遊べる…”この子どもの心がわかる親は、りっぱな指導者です。子どものいちばんの大きな喜びは、みんなとの合奏なのです。

親として、あるいは指導者としての心得の重点がここに書かれているような気がする。様々な能力開発の”テクニック”の前に、まずこの心得を理解しておくことがとても大切だ。紙に書き写して貼っておきたいぐらいだ。
●アイデア

掛け算だけでなく、割り算・寄せ算・引き算の九九
一茶の俳句を覚えさせ暗唱

遊びの中で覚えられるというのは、とても幸せなことだ。自分もいくつかとりいれてみよう。受験のためのお勉強ではなくて、生活を豊かにするための知的欲求を伸ばし・満たしてあげたいなと思う。
●神社での思い方

ある日、父が聞きました。
「おまえ、お参りしてなんというのか。」
わたしが、一家が無事なように、どうぞこれからもお守りください、とお願いしてくるのだというと、父は、
「虫のいいことをいうのはやめなさい。毎日お参りをするなら、ありがとうございますだけでいいじゃないか。きょう一日のお礼を申し上げれば、それでじゅうぶんじゃないか。」とさとしました。
以来今日まで、わたしはどこへお参りしても、ありがとうございます、という感謝だけです。

私は、何かの成功哲学でか何かで「願い事をせずに感謝する」というこれを学んだ。何十年も前に同じことを言っている人がいるのだなと、思った。こういう発想ができる人がつくった鈴木メソードは、信頼できると思う。

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