EQ こころの知能指数

社会で成功するためにはIQでなく、EQだ
Emotional Intelligence
Why it can matter more than IQ

何年か前にベストセラーになったEQ。
著者のダニエル・ゴールマンについて、ダライラマとの対談者(とある本の共著者)として知り、EQにも興味を持った。EQという言葉、最近ではよく使われるようになっていたので、言葉それ自体は知っていたけど、実際のところ、EQとはどういうことを言っているのか知りたくて、ページをめくってみた。


特に、以下のキーワードおよびヒントを得られたのが嬉しい。
・プロジェクト・スペクトラム
・4歳児にマシュマロを15~20分我慢させるマシュマロ実験
・子供には、心の働きに名前をつけて教えること
後半の教育に関する部分では、「情動教育」としてかなりのページを割いているけれど、もともと日本には情操教育という言葉が存在するとおりそれは認識されているはずだし、少なくとも自分が小学校のときは、「道徳」の時間もあったので、新しい感じはしなかった。むしろ、欧米というのは、こういうことが改めて叫ばれなければならない
国なのかということに驚いた。
●心理療法/PTSDなど
> うつの感情を「オフ」にするスイッチは、左脳の前頭前野にあると思われる。右側の前頭葉が恐怖や攻撃など不快な情動の座であるのに対して、左側の前頭葉は右前頭葉を抑えてむき出しの情動が表出しないようにしている。
> 抑うつ状態になりやすい人の場合は暗い思考への連想力が非常に強く、この中のひとつがいったん呼び出されると、連想を抑えるのがふつうの人たちより難しいのです。皮肉なことに、抑うつ傾向が強い人は気分の落ち込む話題を別の気の滅入る話題で打ち消そうとするために、ますますふさぎこんでしまうのです。「泣きたいだけ泣きなさい」というアドバイスは、逆効果になりかねない。悩みの反芻を助長するような泣き方は、みじめな時間を長引かせるだけだ。むしろ、気晴らしのほうが悲しみの連鎖を断ち切ってくれる。
> 社会的な孤独 – 私的な感情を共有し親しく付き合える相手がいないという感覚 社会から切り離されて誰も頼れる人がいないという主観的感覚- は病気や死の確率を倍にすることがわかっている。Science誌の1987年のリポートは、社会的孤独を「喫煙、高血圧、高脂血症、肥満、運動不足と同等に死亡率に寄与する要因である」としている。事実、喫煙の死亡リスク係数は1.6だが、社会的孤独の死亡リスク係数はそれを上回る2.0なのだ。
> 心の悩みは吐露させてしまったほうが医学上有益なことを証明した。被験者たちに、「生まれてこれまでに最も深く傷ついた経験」について、あるいは現在頭を悩ませている問題について、一日15分ないし20分かけて文章を書くという作業を5日ばかり続けてもらうのだ。被験者は、自分の書いた文章を提出したくなければしなくてよいことになっている。この告白は驚くべき効果をもたらした。被験者の免疫機能が高まり、実験後6ヶ月間の通院回数が減り、病欠日数が減り、なかには肝臓の酵素分泌が活発になった例さえあった。実験から、悩みを吐露する際の「最も健康的な」パターンが見えてきた。まず最初に、悲しみや不安や怒りなど心を苦しめている感情を思いきり表現してしまう。そのあと、数日かけて物語を組み立てながら、深く傷ついた経験に何らかの意味を見いだしてゆくのだ。
> 子供の場合、「パーディー」のようなゲームを通じて心的外傷が自然治癒するケースもある。子供たちは「パーディー」のようなゲームをくりかえすことにゆって、ショッキングな事件を安全な遊びとして再体験しているのだ。ゲームによって治癒にいたる道筋は二通りある。ひとつは、不安感の少ない状況でショッキングな記憶を再現することによって記憶に対する恐怖感を減少させ、記憶に正常な反応を結びつけること。もうひとつは、想像の世界で悲劇に現実とはちがう明るい結末を与えること。たとえば、「パーディー」のゲームの中で子供たちが逆にパーディーを殺してしまうという展開だ。筋書きを変更することによって、悲劇の際の無力感を克服するのである。
> 大人がひどい心的外傷を受けるような事件にまきこまれた場合、事件に関する記憶や感情を意識から遮断してしまう心的麻痺をおこす場合があるが、子供の心理は大人とは異なる反応を示す。子供たちは空想や遊びなどを通じてショッキングな体験を何度も思い出したり考えたりするので心的麻痺をおこしにくいのだ、とテール博士は考えている。
→ カウンセリングおけるヒントや、BrainDumpの意義についてさらに深い理解が得られた。
●成功哲学に通じるもの
> 心理学では思考過程を意識することを「メタ認知」自分自身の情動を意識することを「メタムード」という大仰な言葉で表現する。
> 「フロー」(才能の横溢) 運動選手のあいだでは、この状態を「ゾーン」と呼んでいる。
「フロー」は忘我の境地だ。あれこれ考えたり心配している状況とは正反対だ。「フロー」状態の人間は目の前の課題に熱中するあまりすべての自意識を忘れ、日常生活の些事を忘れてしまう。そうした意味で、「フロー」の瞬間にはエゴが消失しているわけだ。逆説的ではあるが、「フロー」状態の人間は自分の行為を完璧にコントロールでき、状況の変化にも完璧に対応できる。しかも、「フロー」状態のときは最高の能力を発揮しているにもかかわらず、「自分はうまくやっているだろうか、成功するだろうか失敗するだろうか」といったことには関心がない。行為そのものに対する純粋な喜びが動機になっているのだ。
→ 公文式などで少し簡単なところがやるのは、フロー状態をつくる為の学習方法だったのだと納得した。
●コミュニケーション能力
> 「対人知性」とは、他人を理解する能力をいう。この人の動機は何か、あの人はどう動くだろうか、皆と強調して動くにはどうすればいいか、といったことを理解する能力だ。セールスマン、政治家、教師、臨床医、宗教家などとして成功している人は、だいたい対人知性に優れている。「心内知性」は対人知性と対をなすもので、自分自身の内面に向けられる知性をいう。心内知性は現実に則した正確な自己モデルを形成し、そのモデルを利用してかしこく生きる能力だ。
1.自分自身の情動を知る
2.感情を制御する
3.自分を動機付ける
4.他人の感情を認識する
5.人間関係をうまく処理する
> 人気のある子供でも、遊びに入れてもらえないことはある。小学校の二年生と三年生を対象に調査した結果によると、仲間からいちばん好かれている子供でさえ、すでに遊びが成立しているグループに加わろうとすると、26%の確率で拒絶されたという。
> 苦情を述べる際のいちばん上手な形式は「XYZ」
> 「あなたがXしたので、私はYな気分になった。Zしてくれればよかったのに」
×あなたって思い遣りのない人ね。自分勝手な大馬鹿者だわ
○あなたが夕食の約束に遅れるという電話をくれなかったので、私は大切に思われていない気がして腹が立った。遅くなるなら電話で知らせてくれればよかったのに。
> 花形研究員とふつうの研究員の差は、IQの差ではなくEQの差だ。EQだ高い研究員は仕事に対する意欲が高く、インフォーマル・ネットワークをもとに目的に合ったチームを編成する能力もすぐれていた。
インフォーマル・ネットワークの真価は、予期せぬ問題が持ちあがったときに発揮される。
> インフォーマルネットワークの3タイプ
・コミュニケーションのネットワーク
・専門技術のネットワーク
・人望のネットワーク
→ 自分の中の強みと弱みについて、改めて理解した。
●潜在意識/サブリミナル
> 情動の生理学的反応は、本人が情動を自覚する以前に始まる。情動には二つのレベルがあるということだ。情動が意識レベルに顔を出すのは、情報が前頭葉皮質で認知された瞬間なのだ。無意識のレベルで沸々と煮えたぎる情動は、本人が気づいていなくとも、その人のものの見方や反応に強い影響力を及ぼしている。
→ とくに、前頭連合野を通らずに扁桃核から大脳辺縁系にバイパスするルートがあるということを知って、とても納得。
●幼児期の教育で注意すべきこと
> 情緒的に健全な乳児は養育者に扱ってもらったように自分自身を扱うことによって自分の気持ちを静めることを学習し情動の揺れを克服できるようになっていく、という学説
> 希望とは「目標が何であろうと、目標達成に必要な意志と手段が自分に備わっていると信じること」
> 他人に対する共感的関心の差はかなりの部分で親のしつけと関係があることがわかった。「ごらんなさい。あなたのせいであの子がどんなに悲しい思いをしたか!」というように、子供の不適切な行為が他人におよぼした苦痛に目を向けさせる叱り方をする家庭のほうが、「お行儀の悪い子ね」という叱り方をする家庭よりも共感面で関心の高い子供が育つ傾向が大きいという。また、子供は他人が困っているときに周囲の大人がどう反応するかを見て共感を学習していくこともわかった。
> 生まれて間もない子供でも、親の気分を察知するものだ。たとえば、抑うつ神経症の母親をもつ乳児は生後わずか三ヶ月で母親の気分を反映し、母親と遊ぶときに怒りや悲しみの感情をふつうの乳児よりも頻繁に表す。
> 最も卑劣な犯罪をおかす人間の多くは、共感が欠如している。
> 子供は自分に直接向けられた親の言動だけから情動を学習するわけではない。親自身が自分の感情をどう処理するか、父親と母親のあいだでどのような会話が交わされているか、なども見ているのだ。
> 子供にとってすぐれた情動のコーチであろうとするならば、親自身がEQの基本を有る程度わかっていなくてはならない。
> パズルができなくて困った女児が忙しい母親のところへ助けを求めて近寄っていったとき、母親がきげんよくあいてしてくれた場合と、「ちょっと、邪魔しないで。いま大事な仕事してるんだから」と拒絶した場合とでは、子供が受けとるメッセージはぜんぜんちがう。
> 親の過保護な姿勢は、かえって子供の恐怖感を強くしているようだ。たぶん、恐怖を克服する練習の機会を子供から取りあげてしまうからだろう。逆に「適応を学習」させる子育ての姿勢は、子供を勇気づけるのに役立っている。
> とくに社会的能力にすぐれた子供は、臆病さを克服できる場合が多い。強調的で他の子供と仲良くできる子供、共感能力が高く他人と分けあったり他人を思いやったりできる子供、親しい友人関係を築くことのできる子供などは、四歳の時点で臆病な気質が認められても十歳頃にはそれが消失しているケースが多い。
生まれつき内気でもEQが高い子供は、臆病な気質を自然に克服していける。理由は明らかだ。こういう子供は社会的技術にすぐれているので、他の子供たちとの人間関係の中で良い経験を積み重ねることができるのだ。新しい同級生に話しかけるのをためらったとしても、いったん氷が解けてしまえば、こういう子供たちは社会的に輝きはじめる。
> 心理療法の大部分は、言ってみれば、幼年期に歪められたり欠落したりした情動学習の補修のようなものだ。それならば、こんな遠回りをしないで、最初から子供たちに大切な情動の知性を教えていくべきではないだろうか。
> 私たちは怒りについて教えるとき、怒りがほとんどの場合二次的な反応として表れる感情であることを生徒に理解させ、その一枚下にある感情に注目するように指導しています。
> 大人は子供に年齢不相応の成熟を期待する誤りを犯しやすい。たとえば四歳の子供が何かを過大に自慢したとき、親はそれをたしなめるかもしれないが、謙遜のもとになる自意識は五歳あたりを過ぎないと生じない。
→ 子育てにおけるヒントをたくさん得られた。とくに現時点でわりと内気な自分の子どとどう接するのがいいのかについて。また、共感をはぐくむことの重要性について示唆を得られた。
●男女におけるEQの大切さ
> 結婚生活のなかで起こるささいな口論で気まずい雰囲気になることを、女性は男性ほど嫌がらない。調査によれば、夫たちは例外なく「妻との口論で動揺するのは不快であり嫌だ」と答えたが、妻たちのほうは対立をそれほど嫌がる様子がなかった。男性は女性にに比べてささいな口論で情動の氾濫を起こしやすい。配偶者からの非難に情動の氾濫で対応するケースも女性より男性のほうが多い。いったん氾濫状態になると男性のほうが血中に分泌するアドレナリンの量が多く、また、分泌が始まる段階も早い。男性は氾濫状態から生理的に回復するのに女性より長い時間を要するわけだ。男性が殻に閉じこもってしまうのは自分自身を情動の氾濫から守るためだろう。
→ この事実、知らない人がとても多いのではないかと思う。自分には実感として理解できるので、とても納得できた。この知識はパートナーと早い段階でシェアしておくべきだろう。
●EQが無視されている世界(医療と学校教育)
> 待合室で診察の順番を待っている患者に調査したところ、患者ひとりあたり平均で3件以上の事項をこれから診察してもらう医師に質問したいと考えていることがわかった。しかし診察が終わった患者に尋ねてみると、平均で1.5件しか質問できていなかった。
→ 医療と教育には、まだまだ改善すべき悩み = ビジネス が存在していると思う。

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