素直な子どもに育つお母さんのひと言

心に愛を伝える81のメッセージ

私もたまに使ってしまう言葉、あった。
日常的に子どもと接している妻は、けっこうたくさん言ってる。
これを題材に、夫婦で話しあおうと思う。

以下、我が家でもたまに聞く言葉を拾ってみた。
耳がいたい人、多いんじゃないだろうか。

●原則
・母性は、学習の結果です。その人自身が赤ちゃんだったり、子どもだったりしたときに、どれだけ親の愛情を注がれたかによって基本が形づくられます。「子どもが嫌いで、可愛くない」と言うお母さんは、ご自身が子ども時代、親の愛に満足していなかったということです。
・ある調査によると、”虐待された””虐待した”という経験の中で圧倒的に多いのは”言葉の暴力”です。こんなことがあったあとで傷つくのは子どもだけではありません。きつい言葉を投げつけたお母さん自身も、じつは深く傷ついているのです。こんなときは、まずなにより自分自身の心を癒すのが先決です。それができなければ、とても子どもの心を癒すなんてできません。
・自分の子どもを可愛いと思わないお母さんが増えているといいます。ある国際統計があります。「あなたは子育てが好きですか」という質問に対して「好きです」と答えた人の数です。アメリカでは70%のお母さんが「好きです」と答えています。韓国では50%でした。驚いたことに、日本ではわずか20%でした。
・子どもが、かなりいい子だなと思ったら、かえっていままでの育て方を見直したほうがいいかもしれません。といっても小学校高学年になってしまうと、やがてやってくる心理の衝突を楽しみに待っていたほうがいいかもしれませんよ。ですからお母さん、間違っても、「いい子であってほしい」なんて魔法は子どもにかけないでください。代わりにこんな愛の魔法をぞうぞ。 ○○君がどんなことをしても、お母さんはあなたが大好きよ
・一番かんたんな見分けかたがあります。それは、本当に子どものためなのか、あるいはお母さんの自己満足のためなのかです。よく心を空にしてみると、しつけと言いながら、じつは子どもを人からよく見てもらうことで自分の子育ての評価をしてもらいたいねひいては自分の評価も上げたい、というだけのためにしていることもあるのです。

●何回言えばわかるの
・あなたは、子どものどんな反応なら満足しますか? たぶん、ハッとしてねじを巻いたように急いで歯磨きをしだすという反応ですよね。でも本当はこういうケースが子どもに一番良くない後遺症を残すということを知っていますか? お母さん達は、割と気軽に強制的な強い調子の言葉を使っているのですが、これは本質的には暴力で従わせることとなんら変わりがありません。子どもは自分が悪いと思って言うことを聞くのではなく、ただ怖いから従っているだけです。その結果、どういうことになるのかと言えば、子どもはますます母親の言うことを聞かなくなり、強い力には従うが、いいか悪いか自分で判断することが少なくなってしまいます。怒鳴ってもぐずぐずしていたり、憎まれ口を利いたりする子どもは、お母さんにとってはさらに怒りを増幅させる腹立たしい反応だと思います。でもこれは自我がちゃんと育ち、自分で物事を判断しようとしている証拠なのです。つまりそういう子こそ、これまで順調に育ってきているということです。もし子どもが憎たらしい反応をしたら、「素晴らしい、ちゃんと育っているのだ」と安心してください。お母さんの子育てが、まずは大きく間違っていなかったということの証でもあるのです。

●早くきなさい、もう置いてっちゃうからね
→ここにいてね、ママは絶対、○○ちゃんのとこに帰ってくるからね
・ふと、お母さんが見当たらないのに気づくと、顔色が変わったように探し始めます。きっと子どもの胸には、「もう置いてっちゃうからね!」というお母さんの言葉がこだましているのでしょう。「ママは、本当にボクを置いてっちゃった」、子どもの心は恐怖と不安に覆われてしまいます。大人は、これくらいたいしたことじゃないと思いがちですが、じつは、これは子どもにとっては大変なことなんです。お母さんに置いていかれたという心理的な傷は自己喪失感につながります。つまり自分というものがきちんと持てず、自信もない無気力の原因になることだってあるのです。どんなに生意気に見えても、子どもはどっぷりとお母さんの胸のなかに浸っていたい存在なのです。たっぷり浸らせてあげることが、やがてその子の自信や意欲につながっていくのです。

●そんなにベタベタしないで、いいかげんにしてよ
→ママはどこにも行かないからね、ちょっと待ってられるよね
・イライラ型のお母さんの一番の特徴は、じつはなんでもじょうずにこなす優等生タイプなのです。ですからあれもしなければ、これもしなければという焦りが、イライラを呼び起こすのです。ときには、まぁ、いいかと家事を投げ出してみるのもいいでしょう。きっと子どもへの対応も変わってきます。

●お願いだから、たまにはお母さんの言うことを聞いてちょうだい
→今日はお母さんも、○○ちゃんの言うことひとつ聞いちゃうから。二人で、お願いの出し合いっこしよう

●お兄ちゃんなのに、恥ずかしくないの
・わかっているのに出てしまうのですが、この言葉、「それを言っちゃ、おしまいだよ」なんです。彼や彼女にとっては氷水を浴びせられたような言葉なのです。「やっぱり、ママはぼくのことを好きでなくなっちゃったんだ」そう思い込んでしまいます。

●自分のものくらい、ちゃんと片付けなさい
・「遊んだものは片付けてから次の遊びをしようね」と、しつけを重視するお母さんがいます。でも子どもは、ひとつの遊びを10分か15分くらいしては、どんどん次の遊びに移っていきます。この移っていくということが、子どもの創造性を育む大事な要素なのです。ひとつの遊びが終わるたびにいちいち片付けていたのでは、遊びの連続性がなくなってしまいます。もし家の間取りに余裕があれば、散らかし部屋を作っておくのもいいですね。

●私はそんなふうに育てた覚えはないわ
→ありがとう。あなたのおかげで、お母さんは成長できたの
・子どもってずっとお母さんの”環境”のなかで育ってきたんです。だから子どもの心って、お母さんの心に通じているんです。お母さんの心が悲しんでいたら、子どもの心も悲しみます。お母さんの心が荒んでいたら、子どもの心も荒みます。お母さんの心が穏やかなら、子どもの心も安定するんです。そう、変わったのは子どもではなくお母さんなのです。そのことに気づいて、お母さんが自分を変えることができれば、子どもはきっと変わります。
・「でも、どうして私が変わらなきゃいけないの?」と、言わないでください。トラブルの相手がわが子なら、自分を変えるしか方法はないのです。「子育ては自分育て」とよく言われるのは、このためなんです。子どもによって自分を磨く。子どもによって自分を変える。子どもによって自分を高める。トラブルは、それを気づかせてくれる絶好の機会です。子どもがくれた自分成長のきっかけを決して無駄にしないでください。

●しょうがないわね、今日だけよ
→よく約束が守れたね。○○君、スゴイね
・ダダをこねる子どもというのは、十分に心が満たされていないのです。お母さんとのゆったりとした気持ちのいい時間をたっぷりと持っていれば、なにか欲しいものがあっても「あとにしましょうね」と言っただけで納得します。たとえば食事前におやつをおねだりしたとき、あるいは食事のとき、テレビを見たいと言い張ったりすることもあります。そんなときも同じ。普通の言葉で話せば、子どもがダダをこねることはしないはずです。しつけよう、しつけようとしても泥沼に入り込むだけ。できるだけたっぷりと子どもとの楽しい時間を持つこと、あえて”しつけ”という言葉を使うなら、それがしつけのベースなのです。

●あなたのためを思って言っているのよ
→お母さんの気持ちだけ言っておくね、それは好みじゃないわ

●ほらぁ、お母さんの言ったとおりにしたら、できたじゃない
→ヘェ、○○ちゃん、スゴイね。こんなことまで、できるようになったんだね
・「ね、お母さん、折り紙教えて」子どもが言うので手を休めて教えると、「わかった、わかった」「本当にわかったの」「もう、うるさいんだから、わかったってば」そこでお母さん、ムカ〜。やっているうちにやっぱりわからなくなった子どもが、また「教えて〜」。むかつきながら教えると、また「わかった、わかった」。ここでお母さん爆発。「教えてあげてるんだから、言われたとおりになりなさい!」いささか強引に教えてなんとか折鶴の完成。そこで出るのが「ほらぁ、お母さんの言ったとおりにしたら、できたじゃない」。わが意を得たりのお母さん、さらに笠にかかって、「ね、子どものくせに生意気言うんじゃないのよ。お母さんの言うとおりにしていたら、間違いないんだから」。こんなとき、子どもはどう思いますかしらね? 「なに言ってるのよ、私が頑張ったからできたんじゃない」と、負けずに反発してきたら、きっとお母さんは、またまた気分を壊してしまうんでしょうね。でも、本当は負けずに反発してくるほうが安心なんですよ。子どもが教えてもらいながらも、「わかった」と言うのは、自分でやろうという自主的な意識の現れです。これを大事にしてけあげないと、だんだんなんでもお母さんの指示するままに行動する主体性のない子になってしまいます。逆に、「そうだね。お母さんの言うとおりにしたからできたんだね」なんて反応をするようなら、かなり重症。なんとなくつまんなそうな顔をしているようなら軽傷。たとえお母さんの指示どおりやったからできたとしても、こういうときは子どもを認めていくことで自主性を育てることにつながります。でもね、断っておきますが、人に話を聞くときはきちんと聞くということが不必要なのではないですよ。人の話を聞くと言った上で、こうした言葉で対処するのがベストですね。

●言うことを聞かないと、パパに言いつけるわよ
→パパはね、○○ちゃんは素敵な子だって、かしこい子だって言ってたよ

●赤ちゃんの頃は可愛かったのにね
→幼かったあなた、いまのあなた、あなたはいつでも愛しい存在
「あなたも赤ちゃんの頃は可愛かったのよ!」なに気なく言ったこの言葉が、子どもの心をひどく傷つけるのをご存知でしたか? この言葉を聞いたとたん、子どもは凍りつきます。「お母さんは、いまの私が可愛くないんだ!」と、大きくなった自分を否定されたことで、強い不安でいっぱいになるのです。昔の話をする場合、気をつけなければならないのが、いまの子どもを置き去りにしないことです。

●あなたには”やさしさ”ってものがないの
「思いやり」も「やさしさ」も、持って生まれたものではなく、人から「思いやられる」「やさしくされる」ことによって育まれるのです。「やさしい」とか「思いやりがある」とは「共感できる力がある」ということなのです。いくら言葉で「人にはやさしくしなさい」と教えたところで、共感されたことのない子にはやさしくはできません。ほんのささいなことでいいんです。たとえば、道に小さな花が咲いていたとします。「お母さん、あそこに花が咲いてるよ」「本当、きれいね」、これが共感するということ。子どもはお母さんが共感してくれたことがうれしくて、「共感されるとうれしい」ということを学びます。そんな日常の小さな積み重ねから、思いやりや、やさしさが生まれてくるのです。

●あなたの教育を間違ってたわ。もっと厳しくしておくんだった
→もっと甘えたいのね。もういいと思うまで甘えていいよ
「子どもが小さいときは甘えさせて、子どものすべてを受け入れていい」、そう書かれているから、無理をしてそうしてきたというような場合です。お母さんが我慢して受け入れている場合、自分は子どものとき親に受け入れてもらってないので、自分の子どもに嫉妬の感情が湧き、じつは十分に受け入れているという心は伝わっていないのです。それで子どもはどこか満たされないのです。私のやり方を大いに実行してもらうのはいいのですが、また、そうしたほうが子どもやお母さんは確実にハッピーになるのですが、我慢では、結果は違った方向に行ってしまいます。

●そんな子いらないわ。出て行きなさい
→ママは悲しいの。○○君が大切で、大好きだから
・子どもの頃に「出て行け」と怒鳴られて、鼻先でドアをバタンと閉められたことがあるそうで、そのときのドアの音と突き出されたからだの感覚をいまだに生々しく覚えているそうです。そのくせ、なぜそんなに怒られたのかについては、ぜんぜん覚えていないのです。
・そもそも「出て行きなさい」と言ったところで、本当に出て行かれたら困るのは親です。「出て行くはずがない」と、ある意味でたかをくくっているから出てしまう言葉ですが、それによって子どもは深い不安の雲に包まれてしまうことを忘れないでください。

●親を親とも思わないで、なに生意気言ってるの
→あなたがここまで育ったのは誰のおかげでもない、あなたの力なの。私達は、そのお手伝いをちょっとさせていただいただけ

●子どもはあっちに行ってなさい
→ママは○○についてお話しがあるの。大人だけにしてね。

●まったく、どこでそんな悪い言葉を覚えてくるの
→腹が立てば言葉が乱暴になるのね。でも、人には言ってはいけない言葉があるのよ。それでも、言わなくてはならないほどのことがあるの?
・いままでお母さんだけの世界で浸っていた子が、お母さん以外の世界で覚えた言葉を使ってみる。これは反抗期特有の現象であって、乳離れするための通過儀礼なのです。「子どもには、そんな時期があるもの」

●本当に飽きっぽい子ね。もう、おもちゃなんか買ってあげない
→あら、おもしろそうだなぁ。ママにもさせてくれる
・いまはキャラクターをあしらったホームセットとか、ケーキ作り器とか、アイスクリーム作り器といった、ひとつの遊び方しかないおもちゃが多いように思います。大人がやってみても、おそらく一〜二回で興味がなくなります。そういうおもちゃが100%悪いとは思いませんが、やはりまずは積み木、折り紙、ブロックなどの基礎おもちゃです。これなら子ども次第で、いくらでも遊びの世界を広げられ、意外と集中していることも多いものです。

●抱っこ
・からだが大きくても小さくても、何歳になろうが何年生になろうが、男でも女でも、子どもが抱っこしてほしいと望んだときは、ぎゅっと強く抱っこしてあげてください。大人だって誰かに甘えたいときってありますね。そんなとき、ぎゅっと抱きしめられたら安心できるし、また歩いていこうと勇気だって湧きます。「大きいんだからみっともない」などと言わず、子どもがお母さんを必要としているなら、無条件で手を差し伸べてあげてください。お母さんの温もりを感じて育った子どもは、ちゃんと一人で歩き始めます。そのうち、抱っこしたくてもさせてもらえなくなる日が来るのです。

●あなたはいいかもしれないけど、お母さんが笑われるのよ
→いまはちょっとカッコ悪いけど、でも大丈夫だよ、ママの子どもだもの

●あなたはいつもそう。ほら、あのときだって…
→○○ちゃんは、一度言うとわかるのね
・「さっきのことだけどね…」という言葉があります。叱ろうか、どうしようか迷ったすえ、あとになってから叱るというパターンです。「人前だから」と周りの目を気にしてその場で注意ができなかったり、子どもの自尊心を傷つけないようにその場では黙って見ていたり、理由はさまざまです。でも時間がたってしまうと、子どもは自分がなぜ叱られているのか、なにがいけなかったのか、印象が薄れてしまいます。そうなる「自分のいけなかった行為」はわからないまま、ただ、お母さんの感情的な言葉だけが耳に入ってきて、「お母さんが怒ってるから謝っておこう」となり、これでは効果はありません。それどころか、また同じことを繰り返して怒られる、といった悪循環を生み出します。さらには、子どもが大きくなると、そんなお母さんを「またか」「しつこいな」と思うようにもなってきます。どうしても言わなければならないことは、その場で言って、あとはさっぱりと – あくまでも、いまやった行為だけを、簡潔にわかりやすくいい聞かせましょう。これって、夫婦間でも同じですよね!

●ほら、お茶がこぼれるよ! 袖にソースがつくわ、気をつけなさい
→あーあ、やっちゃったね。マ、いいか、失敗しながら成長するんだからね
・自分で考えるというのが、なにより大事なことです。失敗の前にお母さんが、あれこれ指示してしまうのは、この自分で考え、失敗し、また考えるという子どもの能力を殺いでいることにほかならないのです。
・でも心配いりませんよ。一度だけでもいいんです。子どもが危なかっしくミルクを飲んでいても、袖にソースがついていても、放っておいてみてください。子どもだって、そうそう失敗するわけではないし、たとえやってしまっても、「あーあ、やっちゃった」と、のんびり構えてみてください。口うるさく言っているときより、よほどストレスがないことに気づくはずです。

●好き嫌いばかりしてないで食べなさい
「お母さん思うんだけど、○○ちゃんがトマトを嫌いなんじゃなくて、トマトが○○ちゃんを嫌いなんじゃないかな?」
「どうして?」
「たとえば、○○ちゃんが好きなお友達は、あなたのことを好きでいてくれるでしょ。ママも○○ちゃん好きだから、○○ちゃんもママが好きでしょ。トマトだって○○ちゃんのことが大嫌いなんじゃないかな?」
「えっ、そうだったんだ!!」
「でもね、もし、あなたがトマトを好きになったとしたら、トマトもあなたを好きになってくれるんじゃないかな?」

●いつまでも遊んでないで、勉強しなさい
→ママもいま勉強してるんだ。楽しいなぁ
・道端に落ちている、虫の死骸を見つけて手で触ってみようとしたら、「汚いからやめなさい」。そんな「やめなさい」「ダメ」「無理よ」を連発していませんでしたか?じつは、この汚いことや、無理なことや、危ないことのなかに、子どもが自分ですすんで勉強するための大事な要素があるのです。勉強も、汚い虫に興味を持ち、触ってみようとすることも同じことなんです。なにかに興味を持ち、すすんで自分でやってみようとする芽をことごとく摘み取っていたら、すすんで勉強するという気持ちは育たないのです。
・お母さん自身がなにかの勉強を始めることです。
・自分が子どものときはどうだったでしょう? 勉強が楽しかったですか、それともいやで仕方がなかったですか。もし楽しかったとしたら、あなたのお子さんはほうっておいても勉強好きになります。逆にいやで仕方がなかったお母さんなら、子どももそうです。別に遺伝というわけじゃないんですよ。勉強は好きじゃない、という空気がお母さんから発散して子どもに伝わる生活遺伝です。

●勉強するなら、ちゃんと机でやりなさい
→じゃ、お台所でママといっしょに勉強しようか。そのほうが楽しいもんね
・集中力をつける一番のコツは、じつはお母さんといっしょにひとつのことをやりながらその時間を楽しむことなんです。別に勉強でなくてもいいのです。たとえば一緒に小さなプランターの花を育てるというのでもOKですしね水泳や自転車を練習するということでもいいのです。大切なのは、お母さんと「いっしょ」にということ。そして「楽しむ」ということ、この2つのポイントです。これでなにかをなしとげられれば、子どもは黙っていても集中力がついてきます。だから勉強だって、お母さんが食事を準備をしているキッチンのテーブルで充分です。いえ、むしろそのほうがいいんです。お母さんが料理を楽しんで作っている、その同じ空間のなかで勉強をすることで、子どもは安心し、いつの間にか勉強が楽しいものだと感じるようになるのです。

●マンガばかり見てないで、たまには本でも読みなさい
→この本とっても面白かったよ。久しぶりに読んであげようか
・お母さんはいつも横になってテレビを見ているのに、子どもにだけ読書を強要しても従うわけがありません。家族が読書好きであれば、子どももまた読書が好きになります。お母さんがどんどん本を読むこと。そして幼い頃から、たくさんの本を読み聞かせすることも大切ですね。

●もういいわ、貸しなさい。お母さんがやってあげるから
→はい、まかせたからね、楽しんで自分でやろうね
・私は子どもが小さかった頃、「はい、上履きは自分で洗おうね」と宣言して、それっきり。それ以後、子どもの靴を洗ったことはありません。もちろん、汚れが残っていても、洗うのが遅くなって、まだ生乾きの靴を持って登園しても、一度任せたのですから、いっさい口出しはしませんでした。放置 – と間違えないでくださいね。まだ生乾きの靴を持って行ったのはちゃんと見ていますし、きっと気持ちが悪いだろうなとも思います。でも、まず、それで風邪をひくことはないだろうと判断すれば、濡れた靴の気持ち悪さは子ども自身が体験して身にしみるはずです。今度から早く洗っておこうとも思うでしょう。それで思ったのは、子どもって素晴らしいなということです。なんどか失敗はしても、親が余計な口出しをしなければ、ちゃんとやってのけられるのですから。幼稚園くらいになれば、たいていのことはそれなりにできるようになる、素晴らしい力を持っているのです。もったいないですよね。せっかくの素晴らしい力を使わずに、お母さんが口や手を出して、しかもそのせいで疲れてしまって、子どもは自信が育たないという結果になってしまったのでは。
・片付けやお掃除もそうですよ。大人の感覚で見て、ぜんぜんなってないと判断して、口を出してしまうのですが、意欲がそがれてしまいますから、子どもは十分満たされません。「よしやった!」と、子どもが満足すれば、それでいいのです。やがて成長するにつれて、そのレベルも上がってきます。

●悪魔よ、わが子のからだから消えなさい
→○○ちゃんの悪魔の部分も天使の部分も、お母さんは全部好き
・そんなおまじないをしたら、悪魔だけじゃなく天使もいなくなってしまう

●その他
・確かに運動神経には個人差はあります。努力をしても、かけっこが早くならないかもしれません。でも、競い合うことだけが競技ではないはず。体を動かすことを楽しんだり、逆上がりや、倒立や、木登りや、できなかったことができるようになる楽しみを味わうことも立派な運動でありスポーツなのです。その楽しみさえ持ち続けることが出来れば、大人になっても体を動かすことでじょうずにストレスを発散されたり、趣味のスポーツを楽しんだりする健康的な生活がおくれるのです。