ダライラマの仏教哲学講義

苦しみから菩提へ
ハーバード大学仏教講義録

(2006年以前に読んだ本の記録)


以下付箋をはったところと、付箋に書いてあったコメント

無上ヨーガタントラで重視される「結合」は、欲望にまみれて性的な結合に耽るのとは全く別の事柄です。むしろ、欲望の欠点を認識した上で、修行者は性的な結合を通して、より高度な修行段階が達成できることを理解するのです。密教において結合を用いた実践が行われるのは、欲望の欠点と、結合の特別な目的とを認識している、という条件があってのことなのです。

小さいことよりは大きなことに意識を向けた方がいいのです。今の世に生きていられる期間は、長くても百年です。これは実に小さいことであり、したがって、重要なものではありません。今わたしは四十六歳です。わたしが今後四十年から五十年生きたとしても、それは無限の未来に比べれば、それほど重要なものではありません。また、無限にいる命あるものたちの抱えている困難と比べれば、わたし自身の困難など、何物でもありません。もし、あなたが抱えている困難な問題や苦しみを近視眼的に見るとそれはとても大きく複雑な問題に見え、堪え難いことでしょう。しかし、距離をおいて問題を見てみれば、その問題は小さなものとなって、それほど心配するに値しないものとなるでしょう。より大きなことに注意を集中すれば、小さなことは流れ去っていきます(これが物事の本質です)。心配するほどのことは何もないのです。

人生、心を積分するということ
(微分もまたよし)