生きがいの女性論

人生に満たされていないあなたへ

フェミニズムとは何か。
女性として生まれるとはどういうことなのか。
飯田史彦と三砂ちづるという興味深い二人の対談ということで、
手にとってみた。
いろいろ考えさせられる一冊だった。

●結婚について

・飯田 教え子の学生たちにも、「永遠に愛します、と連発する相手は、愛するという言葉を無責任に使っているだけであって、一時的な感情を口にしている可能性が高いから、かえって信用できないぞ」、とアドバイスするんです。「愛」について真剣に考える人は、軽々しく、「ずっと君を愛し続けると約束するよ」なんて、言えるはずがないですからね。
・飯田 夫婦ゲンカの研究をしている学者もいて、「良好な関係を長く続けられる夫婦」と、「良好な関係を続けられずに、相手を取り替えるしかなくなる夫婦」との差について調べたんだそうです。その結果わかったことは、それぞれの夫婦で、コミュニケーションの仕方が明らかに違っていて、うまくいく夫婦は、「私たち」という会話をしていたんですよ。うまくいかない夫婦は、「あなたと私」という会話をしていた。
✕「あなた、無駄遣いはやめてよ!」(私はいい人で、悪いのはあなた という言い方)
○「ねえ、あなた、どうして私たち、お金が貯まらないのかしら」(私たち二人の共通の問題 一緒に解決しよう)

ここのところは、さらっと書かれているけど、とても重要なところ。
共に人生を歩くということを大切にする女性にとってはとくに、
「私たち」という視点があるかどうかは、とても大切。
「オレは」「私は」「あなたは」「お前は」ではなくて、
「私たちは」という言葉をたくさん使おう。

●離婚について

・三砂 じつは仲が悪いのに、子どものために一緒に住んでいる夫婦というのは、けっこう多いですよね。それは、すごく子どもを傷つけているんです。仲良くなれないなら、別れたほうがいい。どっちか片方と住んでいるほうが、子どもはまだ幸せです。葛藤を見ないですみますからね。
・飯田 僕も、そうアドバイスします。相談を受けると、あっさり、「離婚したら」と答えるんです。「毎日のように夫婦ゲンカを見せるよりも、お母さんがいつも笑顔でいられるほうを選ぶできですよ」と。
・三砂 これまでいろいろな人の話を聞いたり、相談にのったりする機会がありましたが、いちばん芯が強く、逆境にも負けない人というのは、やはり親の夫婦仲がいい家庭で育った人ですね。もちろん、そうでない環境を撥ね返して、非常にいい性格になっていく人もいますが、そういう人は、大変苦しい思いを乗り越えてきています。

離婚に迷っている人がこれを読むと、一気に離婚を決めてしまいそう。
でも、もっといいのは、離婚するより、夫婦仲がよいこと。
まずは、どうすれば仲良くできるのか、という風に頭を働かせるのが先。
暴力がある場合など、致命的な場合はすぐに離婚してもよいと思うけど。

●セックスレスと浮気について

・三砂 子どもは、親がエロティックな関係をもっているかどうか、敏感に気づきます。それでも、家の外にセクシャルな関係の人がいなければいいですが、セクシャルな関係がうまくいっていない夫婦は、たいてい第三者が関与していることが多いんです。精神的であれ、肉体的であれ。つまり、夫婦が男女として向き合っていないわけで、それを子どもは敏感に感じ取る。
・三砂 それこそ、女性学の定義で言う「家庭内レイプ」で、論外ですよね。それは夫婦として性的な関係が成り立っているのとは、まったく別の話です。(「自分はいやなのに、夫が求めてくるから、仕方なく応じている」に対して)
・三砂 言葉を換えて言いますと、いちばん重要なのは、二人のほかに「第三の人間」がいないということ、ではどうですか? 気持ちが外に向いていれば、やはり子どもは気づくと思いますよ。その人にとって、奥さん、あるいは旦那さんよりも気になる異性がいるというのは、やはり雰囲気でわかると思います。「私が幸せでなければ子どもに優しくできない」から、「恋人がいても仕方がない」という言い方をする女性を少なからず知っていますけれども、しわよせは子どもに必ず来る、と思っています。

家庭内レイプは、夫は妻に対して性欲を感じているのに、妻がこれを嫌がるケース。
逆に夫がまったく妻に飽きてしまったケースというのも多いだろう。
第三者の存在は子どもに傷を与えるというのは、よくわかる。
でもしかし、セクシャリティをどうするかというのは、欲望の問題なのだから、
三砂氏のいうようには、いかない。
頭で理解して努力してどうにかなるものでも、ないのだから。
結局、妻も夫も、女として、あるいは男としての魅力をなくさないよう、
最低限の自分を磨く努力を怠るな、というのが回答になるような気がする。
妻は、夫に飽きられないように美しくあること。
夫、妻に飽きられないように腕を磨くこと。
…かな?

・三砂 若い人たちは、「結婚」を複雑に考えすぎていませんか。人間、大人になったら、安定したセクシャル・パートナーをもつことがいちばん大事で、そのためには、結婚がいちばん安易な道、というふうに考えられませんか?
・飯田 でも、安定しない状態を楽しんでいる人たちには、説得力ないですよね。
・三砂 次から次へと相手ができる人は、結婚しなくてもかまいません。でも現実には、周りが放っておいたら相手を見つけられない人のほうがマジョリティで、そういう人たちに「仕事だけしていればいいよ」と言うのが悲劇なんです。
・飯田 いまは結婚前にさんざんセックスしちゃうから、昔みたいに、「ついに結婚したから、さあやろう!」ということでは、なくなっているんじゃないですか(笑)かつては、「結婚=堂々とセックスできる」ということでしたからね。むしろ、「正直なところ、そのために結婚したんです」なんていう人も、けっこう多かったのではないでしょうか(笑)ところが、いまは、結婚前から堂々とセックスしているので、べつに、「堂々とセックスするために結婚する」という必要性がないんですよ。

確かに、情報が多すぎるし、社会的な抑圧がなさすぎるということは、感じる。
女性は、性について抑圧されているという話があるけど、
この話は、成人した大人の女性にだけあてはめてもよい話。
若い女性の性は乱れすぎているのだから、もっと抑圧してもいいぐらい。
それから、男性についても、もっともっとどうにか規制してもよさそう。
そくに、未成年女性との行為についての処罰を重くするとか。
オトナの女性に学ぶ とかいうのはいいと思うけど。

●子どもを持つことについて

・三砂 日本で子どもが虐待にあっているといったニュースを見ると、「ダメだよね、そんなことしては。子どもは、大人を幸せにするために生まれてきているのに」って、真顔で言います。ブラジルでは、いつもそういうふうに言われて育ってきたからです。「子どもがいる家は、幸せだね」「君たちがいるから、僕たちはこんなに幸せになれるよね」などと、大人が子どもに言っているので、「自分たちは、家庭に幸せをもたらすもの」と思っている。日本の子どもは、そんなこと言いませんよね。だって親が言わないから。「もう、あんたがいると、本当に大変だわ」とは言ってるかもしれないけど。そんな迷惑なら、生まれてこなければよかった、などと子どもに思わせていませんか。

自分の子も、どういう風に感じているか。
無意識に悲しいメッセージを送ってしまっていないか、点検が必要。
これは妻とも話しておこう。

●マザコン

・三砂 「自分も、これぐらい(いま時分の子どもがやっているくらい)母親に甘えたかった」「大事にされたかった」、そういう思いを残している男性は、とくにいまの世代には多いようにみえます。母親に本当に受け止められるような経験をしてきた人が少ないので、自分の子どもを見てうらやましくなるところもあるのでは? 「あんなに母親にかわいがってもらえていいな…」と。
・三砂 マザコンになる男性は、母親が、自分のパートナーと満足する関係が結べなかった人に多く、「息子を自分のほうに取り込む」「息子を自分のものにする」といった、不健康な関係から出てくる。息子と母親との、しっかりしたスキンシップから出てくるものではない。いわばコンプレックスから出てくるもので、マザコンになる男性というのは、ひと言で言えば「母親の欲求不満」が原因なんじゃないですか。おそらくマザコンの男性を育てた母親は、夫との関係があまりよくなかった。「夫にかまってもらいたい」という気持ちを息子に投影し、息子を「自分の男」として取り込んでしまったんです。こういう母親は、えてして息子の奥さんに対して、よい感情を抱きません。これも「自分の男」を取っていった、息子の奥さんが憎いからです。私も、将来、息子たちが他の女のものになってしまうと思うと、なんだかさびしいような気にもなります。だからこそ、いまのうちに抱きしめて、しっかりスキンシップしておくんです。そうでもしなければ、とても他の女に渡せません(笑)。だから、もう飽きるぐらい、やっておく。加えて、「彼らは私の男じゃない」と、自分に言いきかせておかなければダメです。そのためには自分のパートナーが必要で、パートナーがいるからこそ、「私のパートナーは夫で、息子は私から巣立っていく存在」と諦められるんです。パートナーがいないとすれば、もっと厳しい事故管理と洞察が必要でしょうね。いやな姑にならないために、やっぱり研鑚しないと(笑)。

ここ、父親と娘に置き換えても同じ。
私の場合は、娘に溺愛してしまわないように、気をつけないと。
ファザコンになってしまわないように。
そしてそのために、妻をもっと大切にしよう。

●運命について

・飯田 これは「受け身的」だと思われるかもしれませんが、「目の前のことを一生懸命やる」というのは、じつは一番確実に、「切り開いている」ことでもあるんですよね…。「大きな夢ばかり追いかけていて、現実的には少しも切り開いていない」と言う人が、たくさんいますからね。
・飯田 人間や地球、宇宙というのは、素晴らしい価値をもつていると信じて、疑っていない。だから、目の前のことに集中できたり、「自分たちがやらなくても、他にいろいろな人が出てきて、うまくやってくれる」と、信じられる。根本的な信頼があるから、必要以上に力んだりもしないんです。世の中を憂いているようでいて、じつは根本のところで信頼しているから、本当は、憂いてなどいない。心の奥では、「大丈夫だ、何とかなるさ」と思っている(笑)。
・三砂 私自身、先人に励まされている部分がとても大きい。だから、私がやり残したことがあっても、そのうち誰かが見つけて、継いでくれるはずです。それはきっと、私の想像もつかないようなところから出てくるんです。いま継いでくれる人がいないからといって、気にする必要はない。私は、できることをやればいい。そう思っていると、不思議なことに、本当に会うべき人に会えるようにもなりますね。ふつうの感覚で言うと、とても起こりえないようなことが、いろいろ起こったりする。だから、世界や宇宙に対する信頼が、疑いのないものになってくる。「その中で動かされている」と思っていれば、心配する必要がないんです。

天命とか使命感とか このあたりにつながる話。
受け入れるということと、悪い意味でのあきらめるということを混同しないように、
注意しつつじっくり考えてみたい。
変えられる環境を変える努力はすべきだけど、
変えられない環境を恨む必要はないということ。
ただし、それが地に足のついていない、無謀な夢物語なのか、
壮大な使命感に基づく計画なのか、
それは、他人には絶対にわからない。
そこが、この話の難しいところ。

●過去生について

・飯田 過去生というのは、「心の病に苦しむ人が、その病気を治療するために、知っておくといい情報のひとつ」という程度のものであって、とくに病気でもない人が、わざわざ知る必要はないんですよ。だから僕は、「いまは、あなたとして生きているんだから、いまのあなたの人生を、どう生きるかということに、専念したらどうですか」とアドバイスするんです。
・三砂 いまの生きにくさを、そちらに転嫁したいんでしょうね。私は、過去生を知ることで、いまの生をよりよく生きられるなら、それもかまわないと思います。その過去生が事実だろうが、事実でなかろうが、まったく関係ない。でも、過去生がわかることで、そちらに引きずられて、いまを生きる気がなくなるなら、まったく逆効果です。それなら、何も知らないほうがいい。

確かに。
ここを勘違いしている人が、多すぎる。
過去生のせいにして、自分の現状に対する言い訳にしている人って、
ほんとに、どうしようもないというか。

●フェミニズムについて

・東京都や、ある区などでは、非常に極端なことが出てきている。アメリカでのクリスチャン・ライト(キリスト教右派)と呼ばれる人たちのやり方とよく似ていて、「ジャンだーフリーを推進している人は、体育の時間に男の子と女の子を一緒の部屋で着替えさせている」「ひな祭りや鯉のぼりも否定しようとしている」などと、極端な例を採り上げて、攻撃し、新聞に取り上げさせ、議会で質問させる。これらがジェンダーフリーのすべてではないのに、ことさら極端な例をもち出して、「だから、ジェンダーフリーはダメだ」と言うんです。実際には、「どちらでもない」人が大多数のはずなんです。
・飯田 男女差問題というのは、ひとえに、「男性が、いかに女性を理解するか」ということである気がします。男性は、女性が理解してくれなくても、べつに不満に思わないからです。女性が自分を理解してくれなくても、それは当然のことであって、女性に男性が理解できるはずがない、とさえ思っている。でも、女性のほうは、「もっと女性のことを理解してよ」と不満に思う。だから、男女差問題というのは、構造上、いつも必ず女性の側が被害者であって、男性の側から理解を求めるという現象は、よほど特異なケースでないと生じないんです。
・飯田 あらゆる思想において言えることですが、良質な思想というのは、「自分たち以外の考え方や存在をきちんと認めながら、自分たちの意見を上手に伝える」という、穏やかさや柔軟性をもっています。その穏やかさや柔軟性が、相手の心を開いたり、聞く耳をもたせるからこそ、世の中に受け入れられていったり、「これは役立つ」とか「安心して活用できる」と、みなしてもらえるんですよね。
・三砂 日本では、理論だけが先鋭化しているんです。もともとレディファーストのない国だから。私も日本に帰ってきて、いちばんとまどったのが、男性がドアを開けてくれないことでした。やはり十五年も外国にいましたから、男性がドアを開けてくれるのに慣れているんです。女性にとくに気を遣わないという日本男性の態度は、理論的につきつめたフェミニズムでは、肯定されてしまうんです。西欧社会の場合、いくらフェミニズムが理論をつきつめても、男性がドアを開けなくなることはないし、それに対し、文句を言う女性もいない。ところが日本では、理論だけがいいように使われている気がする。
・三砂 捨松や梅子は、「日本女性は、アメリカの女性みたいになるべき」とは言っていない。当時の日本は、いまと比べればまさに女性蔑視の国ですから、彼女たちも大いに苦労します。それでも、「日本の女性にも、いいところがたくさんあるので、そういうところを大事にしてほしい」と言っている。

フェミニズムとひと言でいっても、原理主義のような人たちもいる。
日本人には、たぶんそういうものは合わないだろうな。
その方向で頑張ってバリキャリになると、オニババ化してしまう。
多様性を認めつつ、差別意識をなくしていけば、それでいい気がする。
あくまでも、品のあるフェミニズムが、好ましい。

●女性性について

・三砂 呪いの言葉、を簡単な例で言えば、娘に初潮がきたときです。「ああ、これであんたもめんどうくさいわね、女になっちゃって」などと言うと、その子の月経痛や月経困難の具合はひどくなるんです。これは医学的なデータもあります。つまり、母親に呪いの言葉を吐かれると、女の子は、その呪いの言葉に縛られてしまうんです。一方、月経に対してポジティブなことを母親が言えば、女の子も月経をポジティブに受け止めて、月経痛もたいしたものでなくなる。七十代の母親をもつ娘は、母親から月経を否定されたり、「結婚も出産もしなくていい」と言われたりと、いくつもの呪縛をかけられたうえに、フェミニズムがきて学術的に肯定されましたからね。いまの三十代、四十代は、非常に間違った育てられ方をしたともいえる。「お気の毒に」と言わざるを得ない。
・三砂 自分が女性であることを「いやだ」とか「損だ」と思っていると、それは体に反映してきます。そういう意味でも、いまの女性に月経、子宮、卵巣関係のトラブルが増えているように感じるのです。

本当に、私の同世代の女性は、二つにわかれるんだろうな。
どちら側なのか。その親がどういう人なのか。そこがカギ。
これから結婚する人は、女性性についてどういう教育をうけてきた、
どういう価値観をもっているかを、よく聞いておいたほうがいい。
これはとくに妻に考えてほしいことだけど、
そして少なくとも、自分の娘には、ネガティブな伝え方は、したくない。
行動で示すという意味の無言のメッセージも含めて。

●その他

・三砂 一般的に世界の人々は、お金にうるさい人を嫌います。その意味で、日本人は何でもお金に換算しないのが美徳だったのに、いまはそういう規範がどんどん外れていって、何でもお金に換算するようになった。
・飯田 「妻も働かなければ食っていけない」という諸外国の事情とは違って、「妻も働かなければ、多額のお金がかかる高度な消費生活を維持できない」というのが、日本型の共働きなんですよね。

安易に、諸外国と比べるのはどうなんだろうか。
高度な消費生活というのは、贅沢な消費生活と同義なのだろうか。
小室淑恵さんなんかがいっている
「現代では 共働きじゃないと、二人以上の子は持てない」
という話は、どっちなんだろう。
また、経済的に豊かな生活を望むことは、贅沢なんだろうか
という疑問もある。
現実的に、二人以上の子がいても父親だけが働いている家庭もあるし。
人による ってことなんだろうなぁ。

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