輝ける子

「子育てハッピーアドバイス」で有名な、明橋さんの著書ということで、手にとってみた。
ブルーハーツや浜崎あゆみの歌詞が引用されていた。


内容は、子育てハッピーアドバイスと重なるけれど、
何度読んでも発見があり、反省する点がある。
以下、付箋をはったところ

存在への安心が、極端に欠けている子、つまり、自分という人間は、存在価値のない人間だ、いらない人間だ、という不安を持っている子は、二番目の自己評価、ほめられることをもって、自分の存在価値にしようとします。そういう子は、ほめられている間はいいですが、ほめられなくなると同時に、存在価値を失ってしまいます。そうすると、ほめられること、相手の役に立つことだけに、全精力を注ぎ、自己主張をしたり反抗したり、ということができなくなってしまいます。いわゆる、過剰適応の状態です。その結果、その子は、手のかからない、聞きわけのよい、いい子になります。そういう子は、大人にとつては都合がよくても、本人にとっては、常にほめ続けられないと不安なため、休むことができず、大変苦しいのです。

ほめるに二種類。存在を認めることこそが大事という話。
重要なのは、スキルではなく、Self Esteem 自信をつけてあげること。

すべてお膳立てされて育てられてきた子は、自分で何かを成し遂げた、という感覚を持っていないので、親がいないところでは、極端に自信がありません。ずっと親と一緒に生きていければそれでもいいかもしれませんが、学校に行けば、もう親はそばにはいません。思春期、青年期ともなれば、今度は、生き方や職業までも自分で決めなくてはなりません。そういう時に、過干渉で育ってきた子は、今まで安全な船の中で守られてきたのに、いきなり海に放り込まれたようなもので、どう泳いでいいか分からなくなります。

我が家も、過干渉にならないように。
この点、注意しなくては。

学校によっては給食を残すことを許してもらえない時があります。場合によっては、給食後のそうじの時間、ひどいと五時間目まで、その子一人、給食のトレーを前に置かれて、強要されていることもあります。こういうことが続くと、次第に給食時間がこわくなります。そのうち、学校そのものがこわくなります。先生としては、食べ物を残さない子にしたい、という気持ちは分かります。しかし、ここまできては、給食もまともに食べられない子に、授業を受ける資格はない、学校に来る資格もない、と言っているのと同じです。

自分が子どもだった頃の学校って、ほとんどこうだったように思う。
教育方針に疑問を感じたら、それが文部省の方針なのか、それともその教師一人の価値観なのか、
その点、明確にして話し合う必要があると思う。

子どもにいろいろ問題がある場合は、親も、過敏になっていますし、不安になっています。ですから、絶対親を責めないこと。むしろまず親の苦労をねぎらうことです。子どもが何か問題を起こした時に、母親を責める父親があります。これは、絶対にしてはならないことです。子どもが起こしたことなら、父親にも責任はあるはずです。「今回のことは、今まで、育児をおまえに任せっきりにしていた自分が悪かった。おまえは、精一杯やってくれていたと思う。おまえは悪くない」と言ってあげてほしいのです。

問題がおきたときに、というケースには当てはまらないけど、
妻を責めることがないか、という点では、注意しなくてはと思う。

イギリスでは、十六歳以下の子どもは携帯電話を使用しないよう指導する通達が出ています。現在、WHOが、世界十三カ国合同で、携帯電話の健康影響について調査を行っています。

そうそう、つい先日、WHOがようやく正式に、問題ありと
携帯電話利用による影響を認めたというニュースがあった。
これ、詳しく調べるんだった。

チックは、大人になるにつれて、良くなることが多いですが、一番問題なのは、チックがあることによって、友達からいじめられたり、先生から「どうして授業中に声を出すの」と叱られたり、親が何とかやめさせようと怒ったりすることで、「自分は変な人間なんだ」「自分は、邪魔な存在なんだ」と、自己評価が下がっていくことです。

チックじゃなくても、指しゃぶりだって同じ話だと思う。
三歳ぐらいなら、止めろと言われたって止められるもんじゃない。
それをバカにするとかって、とてもひどい話だ。
かくいう自分などは、実際、6才ぐらいまで寝るときの指しゃぶりをやめられなかった。
だけど、精神疾患があるとか、社会適応できないとかの問題は、別にない。
出っ歯にもなっていな。
だから、自分の娘の指しゃぶりも、無理にやめさせようと思わない。

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