心の治癒力

チベット仏教の叡智

チベット仏教に長年にわたって伝承されてきた、
心と身体の癒しについての本格的でわかりやすいマニュアル
●この本を手にしたきっかけ
祖母が、腎不全でたおれ緊急入院した。
自分に、何ができるだろうかと思って。


●とくに気になったところ

仏教は普遍的な道である。その目的は、完全に悟った心の状態であるブッダの境地を悟ることだ。じぶんが生まれる前にも、すでに、悟りを得た方々は無数にいた、とシャキャムニ自身も述べているのである。シャキャムニが教えた仏教は、仏教の表現の一つにすぎない。
食べ物、服、家、世話、教育は、貴重な人間としての生活をたもつうえで、必要なものだ。
普通、始めたばかりの人の場合は、一人で、邪魔のない場所で修行するのがいい。鍛錬によってより強靭になったら、もっと大きな寛容の心や鍛錬を必要とするような、厳しい状況 — 他人の妨害や交通の音があるようなところ — を探し、やってくる困難を利用することによって、自分を強めるようにしなさい。
仕事にまつわる気がかりは、ほったらかしにすると決めてしまう。心配ごとは、紙やコンビューターの中に入れてしまった、とイメージするといいかもしれない。仕事と家を分離する境界線を、イメージしてもいいかもしれない。あるいは、心の中にエネルギーか光でできた護身用のテントを作ってみてもいい。
子どものころの記憶に触れることによって、じぶん自身の根源を開くことができる。まだ若くて、心配ごとも煩悩も心理的な圧力も少なかったころの、美しい思い出にもどる瞑想をしなさい。みずからの内部にいる子どもに到達するために、子ども時代の活動 — ヨーヨーやジャグリングや縄跳びといったゲーム — を楽しんだり、木や花や水や自然の美を楽しんだっていい。
仏像そのものが、わたしたちの生活を変えるわけではない。けれども、信仰という行為をとおして、まさに心を開くことができる。これが巧みな方便の本質である。

●思ったこと
著者は、チベット仏教ニンマ派の偉大な高僧の転生化身でありながら、アメリカに渡り、ハーバードの客員教授という経歴をもつ。チベットのそれと、西洋文明の視点の両方を併せ持っているためか、大変興味深いことがたくさんかかれていた。
とくに、あらゆるものに応用可能な、高度で効果的な瞑想法について書かれていてとても嬉しい。しかもその内容は、一般の方でも理解できるもの、
そもそも仏教は、日本人が考える「信仰」とか「宗教」という言葉からイメージされるものとは程遠い。葬式仏教しか知らない日本人には理解できないかも知れないが、本当の仏教は、むしろ「科学」に近い。
特定の信仰・信教を強制するのではなく、それぞれがイメージしやすい神や仏や導き手や光・・といったものを、自由に瞑想対象としてよい。この本ではそれらを仮に「力の源泉」という言葉を使って解いている。
つまり、拒絶反応や価値観の強制、干渉をうけることなく誰でも瞑想が可能なのだ。宗教というものに拒否反応を示す人は、きっと本当の仏教を知らない。これを読むことで、その意味を感じ取ることができるだろう。

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